2024-04-03

生成AI(Generative AI)の急速な普及により、金融業界は大きな変革の波に直面しています。AIの活用が加速する一方で、新たなリスクへの警戒も必要とされているのです。欧米の金融当局が相次いでAIリスクへの対応を表明するなか、日本の金融セクターはいかにAIと向き合うべきか。本稿では、生成AIがもたらす金融業界の変革とリスクについて考察します。

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目次

生成AIがもたらす金融業界の変革

 昨今、生成AI(Generative AI)と呼ばれる新たな人工知能技術が急速に普及し、私たちの社会に大きな変革をもたらしつつあります。金融業界においても、業務効率化や顧客対応力の強化、リスク管理の高度化等を目的に、生成AIの導入が積極的に検討・実施されているところです。

 例えば、資料作成の自動化やデータ分析、新たなアイデア創出に向けたブレインストーミング、議事録の作成や翻訳等の領域で生成AIが活用されているほか、顧客からの問い合わせ対応やリテール顧客向けの金融アドバイス、与信審査やマーケット分析等のリスク管理業務への応用も進んでいます。金融機関としては、このようなAI活用を通じて、業務の効率化によるコスト削減、革新的な金融商品・サービスの開発、顧客利便性・満足度の向上、与信判断の迅速化・高度化、投資判断の精度向上、リスク管理態勢の強化等を期待しているわけです。

 世界全体でみても、生成AIへの関心は高まっており、関連市場は急拡大すると予想されています。調査会社の試算によれば、世界全体の生成AI関連需要は、2023年の106億ドルから2030年には2,110億ドルに達する見通しであり、業種別にみれば、金融業界も同期間で19億ドルから439億ドルへと、大幅な増加が見込まれているのです。

世界AI市場の需要額見通し
出典:JEITA 「生成 AI 市場の世界需要額見通しを発表」

生成AIがはらむ金融リスクの諸相

 しかしながら、生成AIには様々なリスクが内在しており、その活用には細心の注意を要します。とりわけ金融業界では、以下のようなリスクが懸念されています。

 第一に、金融機関が有する機密性の高い情報、例えば顧客の個人情報や企業の営業秘密等が、AIを通じて流出・漏えいするリスクです。金融機関にとって信用が何よりの命であることを考えれば、この種のリスクは経営の根幹を揺るがしかねない重大な問題と言われます。

 第二に、AIに内在する偏見・バイアスにより、特定の属性を有する者が不当に差別される恐れがあります。例えば、与信判断の際、性別や人種、居住地等に基づいて融資条件に差を設けたり、そもそも融資対象から除外したりするようなことがあれば、金融排除につながりかねません。

 第三に、事実と異なる誤情報を生成するリスク、いわゆる「幻覚(ハルシネーション)」の問題があります。高度な自然言語処理能力を有するAIとはいえ、学習したデータの偏りなどから、時として間違った情報を提示することがあるのです。顧客への回答や金融機関内の意思決定にこうした誤情報が紛れ込めば、適切な金融サービスの提供が阻害されるおそれがあります。

 第四に、AIを用いた意思決定プロセスがブラックボックス化し、説明責任を果たせなくなるリスクがあります。アルゴリズムが複雑になればなるほど、なぜそのような判断を下したのかを説明することが難しくなります。融資の可否や金利の設定等について、顧客や規制当局の納得が得られなければ、金融機関としての信頼が失墜しかねません。

 第五に、ディープフェイク(フェイク画像、フェイク動画)の拡散により、金融市場が大きく動揺するリスクも看過できません。悪意を持って作成された偽の情報が、まるで本物であるかのように拡散されれば、投資家心理を大きく動揺させ、金融資産価格の急変動を招くおそれがあるのです。

 最後に、多くの投資家がAIに頼った投資判断を行うようになれば、その予測や判断が過度に類似したものとなり、金融市場が一方向に振れやすくなる恐れがあります。AIによる投資行動の同質化は、金融システムの不安定化要因になりかねないのです。

海外当局の問題意識と日本への示唆

 こうしたリスクに対する警鐘は、海外当局からも鳴らされています。欧米の金融当局トップや金融安定理事会(FSB)等は、AIの台頭が金融システムの安定を脅かしかねないと指摘した上で、2024年中にリスクの特定と対応方針の検討を進める方針を明らかにしています。

 例えば米国では、証券取引委員会(SEC)のゲンスラー委員長が、AIの普及がシステミックリスクを増幅させ、新たな金融危機を招く可能性があると警鐘を鳴らしました。また、金融安定監督評議会(FSOC)も年次報告書の中で、金融サービスにおけるAIの利用を金融システムの脆弱性の一つとして特定しています。欧州でも、欧州中央銀行(ECB)が金融安定性レビューにおいて、AIへの過度の期待が株価の過大評価を招いたり、金融市場の機能を阻害したりするリスクを指摘。英国の金融安定委員会(FPC)やFSBも、AIがシステミックリスクをもたらしかねないとの認識から、2024年の重点課題に位置付けているのです。

 このように、生成AIは大きな可能性を秘めている一方で、様々なリスクを内包した諸刃の剣でもあります。わが国の金融当局としても、こうした国際的な動向を踏まえつつ、AIと向き合っていく必要があります。

日本の金融当局に求められるアクション

 具体的には、以下の3点を中心に、対応を進めていくことが肝要と考えられます。

 1点目は、AI関連の金融リスクを検証し、必要な規制・監督上の対応を検討していくことです。国内金融機関におけるAIの利用状況や管理態勢の実態を丹念に把握するとともに、海外当局との積極的な情報共有を通じて、AI関連リスクの全容を明らかにしていく必要があります。その上で、金融庁や日本銀行等が連携し、金融システムの安定に関わるような重大なリスクを中心に、規制・監督上の対応を具体化していくことが求められます。

 また、当局としてのスタンスや取り組み方針を、金融行政方針や金融システムレポート等で適時適切に発信し、金融機関や市場関係者の意識醸成を図ることも重要です。民間金融機関に対しては、自社のAI活用に伴うリスクを的確に管理し、コンプライアンスを徹底するよう促していく必要があります。

 2点目は、データセキュリティやプライバシー保護、ディープフェイク対策など、業界の垣根を越えて取り組むべき課題について、政府全体の方針策定に積極的に関与していくことです。政府においては、2023年5月に内閣府の下にAI戦略会議が立ち上げられ、「AIに関する暫定的な論点整理」が取りまとめられたほか、同年12月にはG7合意をベースに「AI事業者ガイドライン案」が公表されるなど、包括的な対応の検討が本格化しつつあります。今後、AI全般に関わる制度的な枠組み作りの議論が活発化することが想定されるなか、金融当局としては、これまで積み重ねてきた経験や知見を武器に、積極的に議論に参画し、金融システムの安定確保につながるような実効性の高い政策対応の実現を目指すべきです。

 3点目は、AIのメリットを最大限に引き出すための環境整備です。生成AIは、適切にリスクをコントロールしながら活用することで、金融イノベーションの創出や金融サービスの高度化に大いに貢献すると期待されます。金融当局としては、AIのメリットとリスクに関する最新の知見を丁寧に共有することで、金融機関の健全なリスク認識を醸成するとともに、規制・監督上の論点整理やガイダンスの発出等を通じて、民間部門における責任あるAI活用を後押ししていくことが求められます。

 加えて、内外の先進的な事例や、AI時代にふさわしい人材育成・組織づくりのヒント等を広く収集・還元することで、わが国金融システム全体の効率化と高度化を促進する役割も期待されます。中でも、中小・地域金融機関に対しては、リソース面などの制約を踏まえ、よりきめ細かい情報提供と支援策の強化が望まれるところです。さらに、金融当局自身のAI活用、いわゆるRegTechやSupTechの推進も、政策対応力の向上と業務効率化の観点から、積極的に取り組むべき課題と言えます。

 生成AIの登場は、金融業界のみならず、社会全体に大きなインパクトを及ぼす出来事です。AIがもたらすリスクは、国境を越えて金融システムの安定性を揺るがしかねない新たな脅威であり、国際的にも重要な政策課題として認識されつつあります。わが国の金融当局・金融機関としては、AIの負の側面を可能な限り抑制しつつ、その力を最大限に活用することで、利用者利便の向上と金融システムの健全性・安定性の確保を両立させていくことが何より重要になります。政府や企業によるAIルール作りの国際的な動きを見据えつつ、官民が一体となって、責任あるAIの社会実装に取り組んでいくことが、デジタル時代における金融セクターの使命と言えるのかもしれません。

まとめ

生成AI技術の急速な進展は、金融業界に大きな変革の波をもたらしつつあります。業務効率化や顧客利便性の向上、リスク管理の高度化等に向けたAIの活用が本格化する一方、データ流出、バイアス、誤情報、説明責任の低下、ディープフェイク、金融システム不安など、多岐にわたるリスクへの警戒も必要とされているのです。

 こうしたリスクは、もはや一国の問題にとどまらず、国際的な金融秩序を揺るがしかねない性質のものだと認識されつつあります。欧米の金融当局等が、2024年中にAIリスクの特定と対応方針の検討を進める方針を明らかにしているのは、そうした危機感の表れと言えます。

 わが国においても、金融庁や日銀等が中心となって、海外当局とも緊密に連携しながら、AI関連リスクの本質を見極め、金融システムへの影響度に応じた規制・監督の強化策を具体化していくことが何より重要です。加えて、データ管理などの業界横断的な課題については、政府全体の方針策定への積極的な関与も求められます。

 もちろん、AIのメリットを最大限に引き出すための環境整備も欠かせません。規制一辺倒ではなく、民間金融機関によるAIの健全な活用を適切にサポートしていく視点も重要です。特に、中小・地域金融機関に対する実践的な支援の強化や、当局自身のRegTech・SupTechの推進などは、デジタル時代の金融行政の質を左右する鍵になります。

 生成AIの台頭は、金融の未来を大きく変える可能性を秘めた一大事です。「リスクを最小化しつつ、イノベーションを最大化する。」この難しいバランス取りに官民で知恵を絞っていくことが、いま私たちに求められているのです。国際的な政策協調の動きを的確に捉えつつ、わが国金融界が一丸となって、AIと向き合っていく。それが、デジタル時代を生き抜くための必須の心構えなのです。

*本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。

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